「稲と畳」コラム 第五話

「稲と畳」コラム 第五話

稲は、特別な植物でした


これまで、畳の素材や心地良さについてお話してきました。


その中で私は、なぜ今でも稲藁の畳に拘り続けているのか。


今回は、その理由の一つでもある
「稲」という植物そのものについて、
少し触れてみたいと思います。


日本では昔から、
稲は単なる農作物としてだけではなく、
特別な存在として大切にされてきました。


神社で使われるしめ縄。
お正月飾り。
地鎮祭や神事。


私たちの暮らしの中には、
稲から生まれたものが、今も数多く残っています。


『古事記』や『日本書紀』の神話の中でも、
稲は神様から授けられたものとして描かれ、
命を支える食べ物であると同時に、神聖なものとして受け継がれてきました。


昔の人は、稲を単なる作物ではなく、
場を整え、人を支える存在として感じていたのかもしれません。


実際、稲という植物は、
ほとんど捨てる部分がありません。


お米として命を支え、
稲藁は畳やしめ縄へと姿を変え、
さらに田んぼへ還り、また次の実りを育てていく。


自然の循環そのもののような植物です。


私自身、実際に種蒔きの作業を体験させて頂いた時、
その感覚が少し変わりました。


一粒の種が、
長い時間をかけて実りへ変わっていく。


その過程に触れると、
単なる“材料”とは思えなくなっていったのです。


もちろん、
こうした感覚は人によって違うと思います。


ですが私は、
稲藁を使った畳には、
ただの建材ではない「何か」が宿っているように感じています。


実際に、
稲藁の畳の上では落ち着く。
空間がやわらぐ。
よく眠れる。


そう話される方も少なくありません。


科学だけでは説明しきれない感覚も、
人は昔から大切にしてきました。


目に見えないものを、
完全に「無い」とは言い切れない。


私は、畳を作り続ける中で、
そう感じています。

そして今、
そんな感覚に、もう一度意識を向け始めている人が少しずつ増えているようにも感じています。


次回は、
現代の暮らしの中で変わり始めている“感覚”について、もう少し触れてみたいと思います。

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